断片日記

断片と告知

家のご飯:倉敷滞在3日目その4

8月11日。倉敷滞在3日目その4
直島銭湯「I♥湯」に入り終え、直島へ来た目的は済んでしまったが、フェリーの時間にはまだ間がある。せっかくだから「はいしゃ」も見て行こう、と島の反対側の本村まで歩く。「はいしゃ」は港から歩いて20分ほどの、本村の入り口に建つ、もうひとつの大竹伸朗作品だ。
本村に歩きだす前、蟲さんから王子の携帯にメールが届く。白い曇天画が売れたらしい。わたしが一番好きだった曇天画だ。こういう絵は2度と描けない、そう思った絵ほど売れていく。買ってくださった方は、美観地区に移転する前の蟲文庫の常連さんで、いまは倉敷を離れたところに住み、10年ぶりにたまたま蟲文庫を訪れ、そしてわたしの曇天画に出合ったという。
コンビニ・サンクスで、缶ビールを買って飲みながら歩く。売れていった曇天画に乾杯しながら。本村までの途中、巨大な象の像がある立派な学校、亀の泳ぐ池、を見る。バスか自転車で移動している人たちとはすれ違うが、この暑い中、歩いている人にはまったく出会わない。
道の反対側に、歯科医院だったという建物を作品にした「はいしゃ」が見える。中に入ると入場料が取られるからと、外からだけ眺める。窓から「自由の女神」の一部分が見える。同じ大竹作品でも、「I♥湯」がアッパー系なら、「はいしゃ」はダウナー系だね、とまた好き勝手な感想を述べる。わたしはダウナー系のほうが好きです、と王子。わたしはどちらかと言えば、見ているだけで楽しくなってくる、「I♥湯」のようなアッパー系が好きだ。
港までの帰り道に雨が降る。夏の雨は気持ちがいい。濡れながら歩いていると、1軒の窓が開き、中からおばさんが顔を出し、大丈夫?と声をかけてくれる。大丈夫です、と答えてまた歩きだす。港まで戻り、直島てぬぐいと缶ビールを買い、フェリーに乗る。フェリーの甲板のベンチに腰掛け、遠ざかる直島を見る。
宇野港に戻り、宇野駅まで歩く。時刻表を見ると、次の電車は40分後。日常で40分待ちはしたくないが、非日常ならそれもなんだか楽しい。宇野の小さな商店街を歩き、漫画家・いしいひさいちさんの原画展をやっているという建物を見て本当にここで?と驚き、肉屋でコロッケとつくね揚げを買い食いし、本屋に寄り中島京子さんの文庫が面出しになっているのを喜び、そんなことをしているうちに40分は意外とあっけなく経つ。
宇野から茶屋町、岡山、と来た道を戻り、倉敷・蟲文庫へ行く。蟲文庫に着くと、東京から遊びに来たNEGIさんがいる。NEGIさん、王子、わたしの3人で、蟲さん御用達のいつものスーパーに買出しに行く。東京では見ない野菜を見つけては、料理好きのNEGIさんがうれしそうにしている。刺身、肉、つまみ、酒、を買って蟲文庫に戻る。買ってきた食材に、蟲さんの家で採れた野菜を加わえ、美味しいつまみを作ってくれる。今日はコクテイル風に、と店のテーブルをカウンターに見立てて、そこに料理を並べていく。
倉敷へ来てから3日間、夜は蟲さんの作ってくれた飯とつまみを食べている。外食は飽きるけど家のご飯は飽きませんね、と王子が言う。倉敷へ来てから、体の調子がいいのも、やけに酒がうまいのも、蟲さんが毎日食べさせくれる、家のご飯、のお陰だ。
飲みはじめると、魚雷さんと写真家の藤井さんがやって来る。京都の下鴨古本まつりに行ったついでに、わざわざ寄ってくれたのだ。藤井さんとは初対面で、魚雷さんの新刊「活字と自活」の中の、10年前の高円寺の写真を撮った人だと教えてもらう。藤井さんは岡山の人だ。皿の上に乗る干物の鯛を見て、固いから叩いてから焼くんですよ、と教えてくれる。蟲文庫には、この干物を叩くようの棒が、常備してある。
11時過ぎまで飲む。NEGIさんは倉敷のホテルへ、藤井さんは実家へ、魚雷さん、王子、わたしの3人は今夜は蟲さんの家に泊めてもらう。店の外に出ると、いつの間にか激しい雨が降っている。雨の中歩くのはと、タクシーで蟲さんの家に行く。
夜遅くにも関わらず、蟲母さんが笑顔で出迎えてくれる。台所のテーブルを囲み、またビールを飲み、蟲母さんの作ってくれたつまみを食べる。何かに取り付かれたように、小鉢いっぱいのひじきを魚雷さんが食べ尽くす。蟲さんの家には猫が2匹、亀が一匹、放し飼いになっている。はじめはサヨちゃんだったけど後からオスだとわかりサヨイチ君に名前がかわった、という亀のサヨイチが仏間をのしのし歩いている。順番に風呂に入り、仏間の布団で、3人川の字になって寝る。夜中に便所に起きたときに踏んで甲羅が割れると怖いから、と蟲さんに訴え、サヨイチを水槽に戻してもらう。甲羅は丈夫だから踏んだ人間のほうが転ぶだけだよ、と蟲さんは不思議そうな顔をする。
文壇高円寺: 京都・倉敷
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