断片日記

断片と告知

ゴンドラ

中央図書館を目指して都電の線路沿いを歩く。道の正面に建つサンシャイン60を見上げると、窓拭きのゴンドラが2台、数階分の差をあけて、ビルにぴたりとしがみついている。サンシャイン60の窓は大きいので、ゴンドラ1台で拭ける範囲は、窓1枚だけのように見える。1枚拭いて、また次の階、そうして縦1列60階分を、ゴンドラは上ったり下がったりするのか。ビルの4面ある窓を拭いているだけで、1年が終わりそうな気がする。
中央図書館の手前、高速の高架下まで来たところで、気が変わる。高架下の道を右手に折れ、雑司ヶ谷霊園に向かって歩く。先日見て周った雑司ヶ谷のアトリエ候補物件を、昼の明るい時間の中で、見てみたくなったのだ。いくつかあった物件の中の1件だけ、後日不動産屋から、部屋の写真が添付されたメールが届いていた。白く塗られた壁とフローリングの床、大きな窓、清潔そうな洋式トイレ。写真に写る部屋の中は、外から見たときよりもだいぶ感じが良く見えた。
アパートの裏手には空き地がある。枯れた草と木だけのぶっきらぼうな空き地に見えるが、春になったら緑がきれいかもしれない。夕方見たとき少し傾いて見えたアパートは、昼の光の中だとまっすぐに見える。図面から想像して、階段をのぼったすぐのあの部屋が、わたしのアトリエ候補の部屋だ。隣の部屋と、その隣の部屋の台所の磨りガラスに、隣人になるかもしれない人の、生活が透けて見える。ベランダ代わりの外廊下には、万年青の植木鉢が並び、布団が干してある。ここに通い、絵を描く生活を、想像してみる。
雑司ヶ谷霊園を抜け、今度こそ中央図書館に行く。今日必要な本を検索し、書棚から抜いて借りる。図書館を出て、密集するビルの隙間から、すぐそばのサンシャイン60を見上げる。1台だけになったゴンドラが、屋上近くの窓に、寂しくへばりついているのが見える。