断片日記

断片と告知

原っぱ

たいていアトリエに着くのは昼過ぎで、着くとまず台所の窓を開ける。窓の下の小さな原っぱに寝ている猫たちを見る。日によって、天気によって、いない日もあれば、原っぱのあちこちに散らばって寝ている日もある。絵を描いていて手が止まると、窓を開け、原っぱを見る。図書館に本を借りに行き、帰ってきてまた原っぱを見る。夕方つまみを作りながら飲みはじめながら、また原っぱを見る。1日に何度も原っぱを見る。見るたびに、いる猫の数、寝ている場所がずれていく。
原っぱに来る猫は野良猫だけじゃない。首に紐や皮を巻いた猫も来る。ある猫は首の紐から鈴をさげている。チリチリと鳴る音で、来たことがわかる。ある日もチリチリと鳴る音に惹かれ窓を開ける。猫はどこにも見当たらず、原っぱの横の石段を、ゆっくりと老婆が過ぎていく。スカートのポケットから、財布にでもつけているのか、小さな鈴が垂れさがって揺れている。
ほったらかしの原っぱは、誰かの持ちものなので、人は入れず、猫だけが、塀の隙間から出入りしている。原っぱの端に置かれた古い物置の扉が、外れたまま地面に転がっている。腐ったような絨毯が地面にへばりついている。倒れたままの梯子、置きっぱなしのコンクリの塊。草木の間に転がるもの。越してきたばかりのころ、わたしの目にゴミとしか映らなかったものたちを、原っぱの住人たちは、戸の外れた物置を雨の日の宿にし、絨毯をベッドに使い、梯子の鉄枠を枕にし、コンクリの塊を玉座にしている。
台所の窓は2階なので、いつでも原っぱの猫たちを見下ろしている。たまにこちらに気がつく猫に、手を振ったり、鳴きまねをしたり。猫の目はどれくらいまで届くのか。しばらくこちらをぼんやりと見上げ、飽きるとまた体を丸める。人の入れない小さな原っぱで、体も心も溶けている猫たちを見るために、今日も何度めかの窓を開ける。