断片日記

断片と告知

都電のパンチラ

法明寺の参道の中ほどに、右手に折れる道がある。石畳と大きな欅の下を抜けると、小学校と音大の前に出る。そのまままっすぐ、曲がりくねりながら道なりに歩くと、正面に小さなトンネルが見えてくる。雑司が谷停留所と鬼子母神前停留所の間にある、都営荒川線軌道上、ただひとつのトンネルだ。トンネルの真下から顔を上げると、金網と線路と空が見える。トンネルにいるときに都電が走れば、少数の地元民から、都電のパンチラ、と呼ばれる、走る都電を下からみることができる。2011年12月11日までは。昭和21年にたてられたという道路計画で、それももう見られなくなってしまった。
いまは道になってしまった都電の線路沿いには、古い家が並び、バレエスタジオがあり、子どものころお化け屋敷と呼んでいた古い洋館があった。古い洋館が切り絵作家の滝平二郎のアトリエだと知ったのは、だいぶ大人になってからだ。トンネルのすぐ脇には、石立鉄男主演のドラマ「水もれ甲介」の舞台になった古い水道屋があり、染物屋があり、小さな石段があり、酒屋があった。
さいころ見ていた景色をずっと覚えていたいのに、日々変わっていく景色の細部を思い出せない。細い道を歩いた先のトンネルと、そこから見上げた線路と都電のパンチラを、わたしはいつまで覚えていられるのか。
12日の昼に行くと、トンネルはもうフェンスで封鎖されていた。
都電のパンチラ - 日記