断片日記

断片と告知

古いビルの3階まで外階段をあがり、玄関のドアを開けると目の前に風呂場、右手に和室。左手の内階段をあがった4階には便所と台所と和室、和室の奥にわたしが絵を描くのに使う小さなサンルームがある。路地に囲まれたビルで周りは背の低い住宅ばかり。遠くの大通り沿いに建つマンションまで視界がぐーっと抜けている。

それだからかやけに窓が多い。内階段は西向きにふたつ、便所は北と西向きにふたつ、台所と和室は東向きにひとつずつ、サンルームは東南西を床から天井までぐるっと窓で囲まれている。この家は東西南北すべてに向かって窓がある。

便所の北向きの窓からは雑司ヶ谷霊園の緑と、東池袋に建つ高層マンション群が見える。増えていく高層ビルに今年はイケサンパークの端に出来た大学の校舎の明かりも加わった。大学の名は東京国際大学というが、なんど覚えてもすぐに忘れる。

台所と和室の東向きの窓からは護国寺方面が見える。早朝便所に起きたとき、朱色に染まる雲が見えるのも、夕暮れ時の雨上がりに虹が見えるのもこの窓だ。

サンルームの南向きの窓からは手前の家の青い瓦屋根と、日本女子大学の寮が見える。手前の家と寮の周りには古い欅の木がいくつかあり、夏は茂って空が狭く、冬は葉が落ちて見通しがいい。少し目を左に向けると音羽に建つ講談社のビルが見える。ときどき最上階の窓に明かりが灯り夜空が明るい。出版記念のパーティだろうか。ここからそう遠くないのにわたしからはとても遠い。

サンルームの西向きの窓からは晴れた日は遠くのビルのあいだに富士山の頭だけ見える。夕焼けの濃く出た日、朱色の空のなかに富士山の頭の形が影のように抜けている。内階段と便所の西向きの窓からは隣りに建つ2階建ての屋上が見える。屋上といっても外壁をぐるっと高くしただけの平らな場所で、テレビのアンテナがたつだけだ。平らに見える床は奥にふたつある排水溝に向かって少しだけ傾斜している。肝心の排水口はどちらも詰まっているようで、屋上にたまった水はいつまでたっても抜けていかない。抜けきらないうちにまた雨が降り、水は赤茶色に濁ってたまり、ときどきカラスが水浴びをしている。隣りの家湿気がひどいらしいのよ、と階下に住むAさんが言う。屋上のせいかもしれません、とまだ言えずにいる。

窓の多い家なので雨の日はあちこちから吹き込んでくる。周りはぐるっと空いているので不思議はないが、なぜか西向きの窓からだけは吹き込まない。西向きの窓は雨の日も開けたまま。また隣りの屋上に赤茶色の水がたまる。