断片日記

断片と告知

端から端まで

山手線で目白から品川まで、京浜東北線に乗り換えて川崎で降りる。駅の西口からそのまま続く巨大なショッピングセンター、ラゾーナ川崎プラザの二階を抜ける。抜けた先はバルコニーのような場所で、駅前の景色から一転する、ショッピングセンターの裏手に広がるのっぺりと低い住宅地を見渡せる。そのなかに今日の銭湯「富士見湯」の煙突を見つける。
煙突を目印に、ビニール製の万国旗が空を飾るニコニコ通りを歩く。商店街の端と端に肉屋が二軒、一軒は軒先にベーゴマの台とコマと紐が用意され、もう一軒は軒先で焼き鳥を焼いている。八百屋、花屋があり、飲み屋がぱらぱら並び、なかほど右手に銭湯「富士見湯」が現れる。昔ながらの大きな煙突を背負った宮造りの外観、入り口右手にコインランドリーがある。
牛乳石鹸の暖簾をくぐる。正面に傘入れ、左右に下足箱。左手が女湯の入り口で、自動ドアの引き戸になっている。番台で入浴料470円を払う。番台の前にはぺらっと一枚暖簾が下げてあり、女湯へのゆるい目隠しになっている。格天井、真ん中に島ロッカー、左右の壁にもロッカーと名前入りの常連用ロッカー、マッサージチェアが二台、赤いお釜型の髪乾燥機が一台。洗い場への入り口右手に体重計、左手に仕切りのない三人分くらいのベビーベッドがある。
洗い場。入ってすぐ左手に立ちシャワーのブース、右手には介護用椅子の置かれたシャワーブース。両壁にカランと、真ん中に島カランが一列と半面。湯船は正面左手から、薬湯、浅く広い、深く小さい、の三つ。薬湯は壁に、天然鉱石、カルシウム、と書かれた琺瑯の看板が貼られ、あせもや神経痛に効くらしい。湯の特徴は、乳白、無味無臭と並んで、下によどまぬ、とあり、水を多めで作った薄めのカルピスのような色をしている。浅く広い湯船には仕切りがなく、左手に電気風呂、右手にジェットが二列ついている。
圧巻は、女湯の端から男湯の端まで、銭湯の横幅いっぱいある富士山のペンキ絵だ。男湯との仕切りの壁のうえに水色の富士山がどーんと、その裾野が空の水色にとけ、そのしたの海の青にとけていく。海には所々に松の生えた小さな島々、そのあいだを赤と白の帆のヨットが走る。右下に白いペンキで「ナカジマ」「2018.11.7」のサイン。左端の乳白色の薬湯につかりながら見上げると、水色の景色が横へ横へどこまでも続いて見える。ペンキ絵以外の壁や天井は真っ白、桟が水色、巨大な湯気抜きと合わさり、白と水色で彩られた教会のようにも天国のようにも思えてくる。
体を拭き汗がひいたところで、冷蔵庫から缶ビールを取り出し番台へ。入ったときは女将さんだったがいまは旦那さんが座っている。ここはいつからですか、と会計しながらたずねる。この建物になったのは昭和二十六年。それより前は別の人がやっていたけど、戦火で焼けちゃってね。その後うちがバラックで三年やって、それで二十六年からいまの。女湯のペンキ絵の場所はどこかとたずねると、男湯は石川の見附島だけど、女湯はうーん、暖簾で見えないからなぁ、と言いながら、もしかしたら空想の場所なのかもしれないね、と茶目っ気のある笑顔をこちらに向ける。
またニコニコ通りを抜け、線路下をくぐり東口に出る。線路際のラブホテル街、車の入れないアーケード街や小路、道に飛び出す飲み屋やキャバクラの看板、その隙間に神社仏閣の入り口もあり、西口の昼間の似合う景色とは違う、東口は人と夜の匂いのする、年季の入った景色が広がっている。
地図を見ると銭湯の数も東口のほうが数倍多い。それでも少なくなった、と東口のマンションの十一階に住むTさんが言う。まえうちのお風呂が壊れたとき、探したんだけど近くになくて。幼馴染がやってた銭湯も二軒つぶれたし。でも隣りのブロックに見つけてね。入りに行ったら、なかで胡瓜を食べるなとか、サウナでヨーグルトを食べるなとか、いろんな国のことばで注意書きがあって。ほら、この町は外国の人が多いから。
西と東で町の景色が変われば銭湯の景色も変わるのか。今度来たときは東口の銭湯へ。訪ねる楽しみが増えた。
富士見湯:〒212-0011川崎市幸区幸町4-2