断片日記

日々の断片と告知

市場の屋根

沖縄の那覇市、土産物屋が並ぶ国際通りを、ゆいレール牧志駅を背にしばらく歩くと、アーケードのある横道が左手に3本現れる。アーケードの入口にはそれぞれ、平和通り、むつみ橋通り、市場本通り、と看板がかかげられている。そのうちの市場本通りを土産物屋の軒先をのぞきながら歩いていくと、第一牧志公設市場にぶつかる。市場本通りは牧志公設市場にぶつかると市場中央通りと名前を変えて、浮島通りまで続いていく。

浮島通りを越えると、また別のアーケード商店街、新天地市場本通りが現れる。市場中央通りよりだいぶ細く、土産物屋は消え、地元の人たち用の服屋、食堂が並び、サンライズなは商店街を越えると、太平通りとまた名前を変え、今度は惣菜屋や八百屋、雑貨屋が現れる。

太平通りの端にある総菜屋で天ぷらをいくつかと、小さな弁当か、ソーミンチャンプルーかを買って、市場中央通りの裏手にそってあるパラソル通りのテーブルで食べる。天ぷらひとつ50円、ソーミンチャンプルー100円、弁当は小さめのもので200円、ととても安い。お昼は何を食べたんですか、と宇田さんに訊かれ、宇田さんの天ぷら屋で買ってパラソル通りで食べたよ、と話すと、わたしの天ぷら屋じゃないですけどね、と宇田さんが言う。

2月に市場の古本屋ウララで個展をした際、店主の宇田さんは文章を寄せてくれたが、そのうちのひとつ「天ぷら」という掌編は、総菜屋で買った天ぷらとソーミンチャンプルーを、ウララの帳場で昼飯として食べる話だ。「天ぷら」を読んでから、昼ごろ小腹が空くと宇田さんの天ぷら屋に足が向く。天ぷらが並ぶショーケースを見ながら、もずくとー、ゴーヤとー、と店先で伝えると、ビニール袋にぽいっと天ぷらを入れて渡される。手の中でほんのり温かい。

3本のアーケード街の真ん中のむつみ橋通りは、市場本通りと平和通りに比べて入り口はだいぶ狭いが、きちんとアーケードがかけられている。ドラッグストアや飲食店の軒先を過ぎると、パラソル通りと呼ばれるパラソルの下にテーブルと椅子が置かれた広場に出る。途中、判断金玉、と看板をかかげる占い屋の前を過ぎると、もうひとつのパラソル通りが現われる。どちらの通りもアーケードはなく、両脇には服屋が多い。パラソルの下の椅子に腰掛けて空を見ながら天ぷらをかじる。国際通りを背にしてパラソル通りの左手に建つ、衣料部のビルの入り口には透明のビニールカーテンがひかれ、風が吹きカーテンが揺れるたび、ビルの中のクーラーでよく冷された空気が、天ぷらをかじるわたしの足元をさーっと撫でる。

パラソル通りをふたつ越えた突き当たりで、道は二手に分かれる。どちらの道も抜けられるのか不安になるほど細いが、ここからまたアーケードが復活して続く。右手の細い道を行くと、浮島通りへするっと出る。左手の道を行くと、うりずん横丁を越えたところでえびす通りと名前を変え、サンライズなはにぶつかって止まる。えびす通りのアーケードはとても古く、枠が木、ビニールのテントではなく塩ビのような半透明の板が貼られている。葉っぱの用な模様入りの板もある。もともと青く塗られていたのが日に焼けて茶色になったのか、昼間のえびす通りは青と茶色のまだらな光が道に落ちる。

3本目のアーケード、平和通りに入ると、こちらも土産物屋が両脇に並ぶ。しばらく行くと左手に桜坂へ抜けるのぼり坂がある。坂の入り口左手に、電柱の影に隠れるようにある小さなミシンの修理屋と、その横の路上にへばりつくようにあるお茶屋お茶屋の前を通るたびに、こんにちは、と音の台所さんが店先に声をかける。坂をのぼりきった右手に、映画館の入る桜坂劇場、左手に希望ヶ丘公園がある。坂の上の公園からはアーケード商店街の屋根屋根がよく見える。遠くの緑がこんもりしているあたりを指して、あの辺が七つ墓かも、と音の台所さんが言う。

桜坂の辺りで平和通りは二手に分れ、右手に行くとうりずん通りと名前を変えて、えびす通りと交差しながら浮島通りまで続く。左手に行くと道は大きく右手に折れてサンライズなはと名前を変えて続いていく。どの道も国際通りから離れれば離れるほど、地元の人用の店が増えていく。服屋のあるところには服屋が固まり、そのそばに服のお直し屋が固まり、総菜屋のあたりには総菜屋が固まる。

牧志公設市場の建物の周り、東西北の三方は道に面してアーケードがかかり、雨の日も国際通りから濡れずに市場まで行ける。残る南側も隣接する琉球銀行との隙間、幅1メートルあるかないかの、けもの道のような路地にも屋根がかかる。

牧志公設市場の南側、琉球銀行から浮島通りまでの入り組んだ路地も、アーケードだったり屋根だったりで覆われている。ときどきアーケードがぽかりと途切れて空が見える。大きな台風で飛ばされたあとだという。

牧志公設市場の1階中央にはのぼりのエスカレーターがひとつだけある。豚の顔が飾られた肉屋を見ながらエスカレーターで2階にあがると、食堂街になっている。飯屋と飯屋が壁らしい壁もなく隣接してぐるっと外壁にへばりついている。てきとーな飯屋に入ってチャンプルーをつまみにオリオンの生ビールを飲み、便所で尿意を落ち着かせてから端にある階段で1階におりる。公設市場の1階には道に面して十ヶ所以上の出入り口があり、ぼんやり出てしまうと、ここは東西南北どの面だったっけと、頭のなかのコンパスを急いで回す。わたしが一番よく使う便所のそばの階段をおりて、一番近い出入り口を抜けると、琉球銀行との隙間のけもの道のような路地に出る。この隙間を市場中央通りまで抜けたちょうど正面に、市場の古本屋ウララがある。

2019年6月16日の営業を最後に、第一牧志公設市場は建て替え工事に入り、市場にくっついて建てられていたアーケードも撤去される。2月の個展でウララを訪れたさい、市場界隈はぐるっと歩いたはずだが、変わる景色を前には歩き足りない気がして、6月の頭にもう一度沖縄を訪れた。

市場界隈の入り組んだ路地をすべて歩きたい。いい地図はないかと宇田さんに訊ねると、すすめてくれたのが冊子『みーきゅるきゅる』vol.6 (特集 牧志公設市場 衣料部・雑貨部)だった。真ん中の見開きページに「あまんくまんお散歩MAP」と題して、市場界隈の手描きの地図が載っている。地図のページを広げ、鉛筆で道を塗りつぶしながら、市場界隈を歩き回った。どの道とどの道が繋がっているか、アーケードがあるか、屋根があるか、塗りつぶしていくとよくわかる。 

6月頭の沖縄はすでに梅雨で、滞在中、一日のどこかで必ず雨が降っていた。東京の梅雨が軽く思えるほど、沖縄の暑さと湿気はだいぶ重い。格安航空券で、少しでも滞在時間を長くしたいと欲張った結果、羽田発6時半、那覇着9時半の便になった。那覇空港から出たとたん、沖縄の湿気が寝不足の体にずんときた。ずんときたまま国際通りを歩き、アーケードのある市場本通りに入ったとたん、ずんがすーっと抜けていった。

アーケードで陽射しも雨もよけられ、両脇に並ぶ店は扉もなく開け放たれ、店の中からクーラーの風が道全体にほどよく流れ込んでくる。濡れずに第一牧志公設市場まで歩き、2階の食堂街でオリオンの生をぐぴっーと飲んて一息ついた。

市場の建て替え工事とともにウララの前のアーケードもなくなると聞いたとき、雨と台風が多く、陽射しの強い沖縄での商売の大変さを思ったが、梅雨の時期に来てみれば、アーケードの恩恵を受けているのは、わたしのような観光客、歩行者も、だった。

市場界隈の店はほぼすべて、店の軒先を越えて路上まで、商品が出され並べられている。派手な柄の南国チックな服も、変わった形の野菜も、色とりどりの魚や乾物も、東京ではまず見られない光景だ。道に溢れたここでしか見られないモノと色は、この町に観光客を呼ぶ大きな要素だ。どんな日にも安心してモノが出せるのもアーケードのおかげ、どんな日にも気軽に歩き回れるのもアーケードのおかげだが、こうした光景も、6月16日を最後に少しずつなくなっていく。

滞在中に読んでいた本がもう1冊ある。第一牧志公設市場と周辺の店の成り立ちを取り上げた、橋本倫史くんの『市場界隈』(本の雑誌社)だ。来る前に三分の二ほど読み、滞在中に終わりまで読んだ。『市場界隈』のなかで取り上げられている店の前を通ると、ここが、と足が止まった。読んだあと、それぞれの店の物語を知った後に町を歩くと、読む前とは町が違って見えた。

ウララの軒先でおしゃべりしていると、一人の男が『市場界隈』をすっと手に取り、ください、と言った。それ友人が書いた本なんですよ。つい声をかけた。よく行く店のおばちゃんがこの表紙だからさ。これからサインもらいに行くんだ。そう言って男は市場の中に消えていった。

男はすぐに戻ってきた。もらったサインを見せながら言う。表紙のおばちゃんがね、この本には大事なことが書かれているって、大事な本だよって。

 先日、音の台所さんが東京で朗読会をした。朗読に選んだ文章は、宇田さんの本から、ウララの帳場から眺めた日々を書いた掌編がほとんどだったが、『市場界隈』の中から一編だけ「大和屋パン」が読まれた。大和屋パンは、牧志公設市場の南側の路地の中、かりゆし通りに面してある小さなパン屋だ。ここでパンを焼いているわけではなく、仕入れたパンを路上に並べて売っている。音の台所さんがウララでの店番中、ここで買ったパンを食べる。よく買うのは、マリリンと、あとひとつ蓬莱だったか、生クリームの入ってないやつで、パンの名前まで東京とはずいぶん違う。

宇田さんがね『市場界隈』が出た後パンを買いに行ったんだって。恥ずかしくてしばらく読めなかったって。でも思い切って読んでみたらすごくよかった。同じ市場のよく顔を知った人たちが、こんな苦労をしていたのかとはじめて知った、と、驚いてたって。

「大和屋パン」にはこう書かれている。

「いつも買いに来てくれる方には『いつもありがとう』と手を握ってお釣りを渡すときもある。感謝しているから、自然にそうなるわけ。」

わたしはまだ、手を握ってお釣りをもらったことはないんだけど。音の台所さんが小さく笑う。

 市場中央通りのアーケードのうち、撤去されるのは市場にくっついて建てられた50メートル分。そのちょうど50メートルの境目に、市場の古本屋ウララがある。見上げると看板の真ん中に、撤去されるアーケードと、残るアーケードの境目がある。どうりで、市場と琉球銀行の隙間を抜けるとウララの前に出るはずだ。よく見ると看板に大きく描かれた「市場の古本屋ウララ」の「場」の字も間違っている。

宇田さんは、半分になった屋根の下、ここで市場を見つめるという。