断片日記

断片と告知

金泉湯

いつでも行けそうだからといつも前を通りすぎていた、早稲田の古本屋、古書現世の横の横に建つ銭湯「金泉湯」に行く。
瓦屋根の、唐破風の、立派な煙突のある、古く大きな銭湯。入り口左手にコインランドリー、暖簾をくぐると正面にフロント、右手に大きな池に面したロビーが広がっている。フロント左手の女湯の暖簾をくぐる。
黒光する格天井の脱衣所。洗濯機が2台、畳敷きの腰掛が真ん中にひとつ、右手の男湯に面した壁に洗面台、ロッカーは左手の壁にへばりついている。
洗い場。入ってすぐ左手に外に飛び出すようにして造られた半露天の岩風呂。正面の湯船は左から、水風呂、座ジェット、マッサージと泡風呂、の3つ。湯船の上の壁にはペンキ絵はなく、一昔前の銀座や大手町のビルヂングのロビーのような、凹凸のあるしゃれたタイルで覆われている。島カランが真ん中に一列。右手の男湯に面した壁には仕切りのあるカランが4つ。ほかのカランのシャワーは固定式だが、この4つのシャワーだけホースが伸びるようになっている。
体を洗い、珍しいので、まず薬湯の露天に入る。つかっていると、あとから入ってきた老女に、唐突に話しかけられる。あなた随分きれいに体を洗って入るのねぇ。体を洗わずに入る若い人たちを注意してるの、と老女は話し、つくこま、あざぶ、全部受かってどこに行こうか、なんて、あらあなた、つくこま知らないの。いつから孫のお受験の話しになったのか。受かったらなんでも買ってやるって約束しちゃって、ちゃんと約束は守らないといけないよって、おじいさんに言われたの、おばあちゃんは大変。言い捨てて、また唐突に湯から出て行く。
水風呂に入っているとまた違う老女に話しかけられる。いいわねぇ、肌つやつやじゃない、いいわねぇ、若いって。
ジェット風呂に入っていると、露天風呂の老女に肩を叩かれ囁かれる。あたし、いろんな人に挨拶されるんだけど、誰が誰だかわからないのよ、風呂場でなんか人の顔見ないじゃない、困るのよ。
脱衣所でまた違う老女に話しかけられる。身長いくつ?いいわねぇ。そのまま維持できたらいいわねぇ。
銭湯で話しかけられることはままあるが、ここまで話しかけられるのははじめてで、そして銭湯では四十になったわたしでさえ、若い、若い、と羨ましがられる。
脱衣所の老女に、昔高田馬場にあった銭湯の話を聞く。駅の周りにも5軒はあったのよ、高田浴場、宝来湯、原ノ湯、戸山湯、有馬湯、いまは一番近いので世界湯かしらね。世界湯は、高田馬場駅を降りて早稲田とは反対側、さかえ通りの飲み屋街を抜けた先にある。露天風呂の老女は、以前は桜湯に通っていた、と話していた。数ヶ月前に廃業した桜湯は、早稲田通りと諏訪通りの間、ラーメン屋「熊ぼっこ」の裏手にあった銭湯だ。桜湯からここ金泉湯は、歩いて10分か15分か、老女の足ならもう少しかかるのか。どんどん銭湯なくなっちゃって困るのよねぇ。脱衣所の老女の言葉に、そうですね、とうなずき、でもいまの時代マンションにする気持ちもわかるのよ、の言葉にも、そうですね、とうなずく。
フロントで銭湯遍路の判子を押してもらう。金泉湯は、昭和29年築、17〜8年前に改装し、ペンキ絵の壁もそのときからタイルになった、と教えてもらう。
帰りに古書現世に寄ると、パロパロ向井が店番をしていた。露天風呂があったよ、と報告すると、いつからそんなものが、昔は番台のあるフツーの銭湯だったのに、と驚いている。17〜8年前からだよ、と聞いたばかりを教えてやる。

金泉湯
(銭湯マップ番号 14)
庭がきれいで滝が流れています
東京都新宿区西早稲田2−16−20
03-3203-2427
営業時間 14:30〜24:00
定休日 月曜
http://www.1010.or.jp/cgi/dsearch.cgi?sel=2&tno=4092