断片日記

断片と告知

やくにたたない、たいせつなもの

西池袋のブックギャラリーポポタムでは、いま、映画「芸術家・今井次郎」特別展を開催している。2012年に亡くなった今井次郎さんのドキュメンタリー映画の公開にあわせた作品展だ。誘っていただき顔を出すと、ギャラリーの壁のどんつきに懐かしい作品がかけられている。銀色の大きな楕円形の皿の裏に黒のマジックで描かれた顔、皿の頭には造花と電飾がくっついている。棚のうえには黒いマジックで線がひかれた白いマッコリの空ボトル。飾られた作品たちをを眺めていると、覚えてる?曇天画も買ってくれたよね、と、ポポタムの大林さんが言う。

次郎さんと会ったのは、2010年6月にポポタムで開催したわたしの個展「曇天画」のときがはじめてだっただろうか。次郎さんの家が近くだったからか、大林さんが声をかけたのか、観に来てぱっと曇天画のクロッキーを買ってくれた。

銀座だったか八重洲だったか、わたしが次郎さんの個展を観に行くと、だだっ広いギャラリーの床に、不用品で作られた作品が散らばって置かれ、奥の壁に映された映像の前で、次郎さんがひとり、マッコリの白い空ボトルで頭を叩きリズムをとっている。わたしひとりの会場に、次郎さんがポクポクと頭を空ボトルで打つ音が流れ続ける。

2012年1月にポポタムで開催した次郎さんの個展「新春JIROX実演と展示 田舎の出来事」。わたしはときどきする店番の恩恵で、展示とともに、行われたライブを観ることが出来た。ジョニー大蔵大臣、マコメロジーなど、毎回違うゲストの演奏とともに、次郎さんはギターを弾いたり歌ったり、白いマッコリの空ボトルで頭を叩いたり。ときにはゲストも一緒にマッコリの空で頭を叩いたり。

ポポタムで店番をしていると、次郎さんがふらっとのぞき、帳場の向かいに置かれた椅子に腰掛けていく。なにを話したかも覚えていない。次郎さんがずっとにこにこしているので、わたしもずっとにこにこする。

次郎さんが亡くなったのはポポタムで個展をしたその年の冬。入院中に出された食事で、カットされたキュウイやパインを目に、ちぎったパンを体や手足に、煮物を髪の毛や服に変貌させてみせた。そうして生み出されたなにかは、写真を撮ったあとに次郎さんがぜんぶ食べた。病院の人も困っちゃって、でもトレーからはみ出さなければいいですよって言ってくれて、とパートナーのかやさんが教えてくれた。薄いピンク色のトレーのうえに描かれた生きものたちは、トレーの色と同じ薄いピンク色でくるまれた1冊の本になり、いまポポタムに並んでいる。

10月末から公開される映画「芸術家・今井次郎」を試写で観た。次郎さんが作ったいくつもの曲、不用品で作られた作品、役者として出演した演劇、入院食で作られた生きものたちが、次郎さんを知る人たちのことばや映像で紹介されていく。映画のなかで、知っている次郎さんと知らなかった次郎さんになんども出会う。次郎さんに会うのに早いも遅いもない。まだ会ったことのない人に、今井次郎さんという生きかたがあるということを、映画を通して出会って欲しい。「やくにたたないたいせつなもの」を作り続け、「ここだけのはなし、幸せになっちゃお」と歌い続けた生きかたは、わたしの希望だったから。

 

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ドキュメンタリー映画「芸術家・今井次郎」

2021年10月30日から渋谷ユーロスペースにて。

連日10時30分から1日1回上映。

初日10月30日と翌31日は、来場者全員に今井次郎さんの「ミールアート缶バッジ」をプレゼント。

上映後、10月30日(土)は石川浩司さん、31日(日)は時々自動より柴田暦さん・高橋牧さん・日高和子さん、11月3日(水・祝日)はテニスコーツのライブがあります。

次郎さんと深く関わりのある人たちの演奏を聞ける機会です。ぜひ、おでかけください。

映画『芸術家・今井次郎』公式サイト – 60年の生涯を生ききった天才のドキュメンタリー

ユーロスペース

映画「芸術家・今井次郎」公式ツイッター:@imaijiro_movie

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映画「芸術家・今井次郎」特別展

ブックギャラリーポポタムにて、2021年10月8日(金)から10月31日(日)まで。

ブックギャラリーポポタム|東京目白にある本とギャラリーのお店 | 東京目白にある本とギャラリーのお店「ポポタム」のWebサイト。