断片日記

断片と告知

日々

雄鶏

昨年の夏、青山でヒッチハイクをしている若い男に出会った。よく焼けた肌、頭にまいた白いタオル、小柄な体にだぶだぶのTシャツを着、北へ、と黒のマジックで雑に書かれたダンボールを手に、246沿いに立っていた。 缶ビールを飲み酔っ払いながら歩いていた気…

あの日にかえりたい

陸前高砂駅から蒲生干潟までの七北田川沿い。川沿いの道から、小さな平屋の一軒家が見えた。波にさらわれた跡の残る、人気のない家が並ぶなかに、その一軒だけ、車がとまり、洗濯ものが干され、ひとの暮らしの気配が見えた。開け放された玄関から、周りを気…

「みんなで決めた『安心』のかたち」

先日、「みんなで決めた『安心』のかたち」(ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年)を編集した柳瀬くんと友人たちと、本のなかに出てくる柏周辺の場所を、いくつか訪ねて周った。 自然農園レインボーファミリーさんでは雪に埋もれた畑を見せていただき…

ビバ!プリントゴッコ展、はじまります。

父は厭わない人だった。 わたしが子どものころ、山の好きな父に連れられ、家族でよく山登りに出かけた。春のはじめなら山菜を摘んで家に帰った。普段台所には立たない父だったが、採ってきた山菜を、洗い、あく抜きし、ときにはすり鉢ですりおろしていた。料…

大晦日

沖縄、盛岡、盛岡、仙台、ハワイ、大阪、京都、小布施、と旅の多い1年でした。半分は絵の展示、半分は古本市、ひとつは弟の結婚式のための旅でした。来年もまた、どこかの街へ。できればこの世の中のすべての道を歩いてみたい。

ワタシんち

友人に誘われ、劇団マームとジプシーの公演「ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト。」を観に行った。姉、兄、妹の三人兄弟が、幼いころ過ごした家が取り壊される。取り壊される日の朝、家族がまだ住んでいたころの家、古い家を同級生に見られるのが恥ずか…

鴨川

個展の搬入、トークショーのほかに、何も予定を立てていかなかった。少しの古本屋とギャラリーを周り、夜に誰かと飲んでしまえば、ほかにすることがなかった。京都にいる間、宿泊先の清水五条から出町柳のあたりまで毎日、鴨川の右岸と左岸を歩いてばかりい…

松尾様

個展で京都を訪れたさいのこと。東京から遊びに来た女友達と、仕事で関西に来ていた男友達と、夜に落ち合い、飲む約束をした。しかし目当ての酒場は満席で入れず、地理に疎い街でほかに行く当てもなく、夜の川端通りに立ち尽くし、女友達の広げるガイドブッ…

バス停

歩いていると少し先にバス停が見えた。バス停には子どもたちが7〜8人と、付き添いの先生がふたり、バスを待っている。子供たちは、頭にそろいの黄色い帽子、背に赤や黒のランドセル、手に白い杖を持っている。彼らはこの近くの盲学校に通う、小学生たちだ…

隣人の夜

アトリエとして借りている風呂なしアパートの隣人は、ガスも電気も契約しておらず、部屋に通っているのは水道だけだと大家から聞いた。昼過ぎアトリエに行くとたいてい隣人はおらず、前日に着た分をそのまま流しで手洗いしたような、きっちり一日分だけの洗…

隣人

月末の約束だが、たいていずれて月はじめになる。商店街でクリーニング屋を営む大家のもとへ、アトリエに借りているアパートの家賃を払いに行く。銀行の封筒に入れることもあれば、コンビニでおろしたままの剥き出しの金のときもある。水道費込みで三万九千…

布哇と書いてハワイ

弟の結婚式に参列するため、しばらく日本を留守にします。帰宅は13日の夜の予定です。ハワイと日本の時差は19時間。飛行機に乗って、一日前のハワイに行ってまいります。 お急ぎの連絡があれば、こちらまで。drumming_7@hotmail.com

眼鏡

流しに置いた眼鏡が、ぽとりと落ちたのを目の端で見た。あとで拾えばいいと、流しで顔を洗って、忘れて踏んだ。足の裏にぐにゃりと、細くて薄いものが歪む触り。慌てて足をあげたが、眼鏡のツルが、あちらとこちらに、そっぽを向いた。 友人ふたりを誘い、池…

Instagram

携帯電話を新しいものに替えてから、Instagram、というアプリをよく見ている。画像のツイッターのようなもので、140の文字の代わりに、わたしと、わたしがフォローしている友人たちの、撮った写真が時系列に並んでいく。 マフィンとヨーグルトと半分このオレ…

狐に騙された話

まだ日の高い時間だった。アトリエで絵を描いていると、携帯電話が鳴った。自宅のパソコンにきたメールの転送を知らせる着信音だった。見ると、先月仕事をした珍しい名字のデザイナーさんからで、原画返却の宅急便の日時を問うメールだった。携帯電話からそ…

流れる溜める

湯につかり、湯船のへりに頭をあずける。目の先にあるはずの、風呂場の換気窓、壁や天井のタイルはなぜか見えず、もしかすると目をつぶっているのか、あけていてもどこかを勝手に歩き回っているのか、だから湯に体をあずけるとよく言葉がつながるのか。湯か…

明治通り

歩いていると、よく言葉がつながる。つながった言葉を、後で書こう、と、酒を飲んですべて忘れる。歩く道はどこでもいいが、明治通りをよく歩く。雑司ヶ谷から、新宿の画材屋・世界堂まで、歌舞伎町そばの飲み屋まで。新宿の花園神社向いにたつ、花園饅頭の…

隣りの引越し

ある日、アトリエの戸が叩かれ、出ると隣りの青年だった。彼が所属している劇団のチラシと、田舎から送られてきたというじゃが芋とパッションフルーツを手に、ぽつんと立っていた。引越しの挨拶で見たときから、きれいな顔形をしている、と思っていたが、役…

下北沢の猿

アトリエに人が来るときはたいてい夜で、飲み会で、ひとりふたりのときもあれば、アトリエが窮屈に感じるほど人が来るときもある。飲んだ日は飲み疲れて、皿やコップを流しに残したまま帰り、ゴミだけまとめて玄関に置く。 翌日のアトリエは酒と食べものの匂…

都電のパンチラ

法明寺の参道の中ほどに、右手に折れる道がある。石畳と大きな欅の下を抜けると、小学校と音大の前に出る。そのまままっすぐ、曲がりくねりながら道なりに歩くと、正面に小さなトンネルが見えてくる。雑司が谷停留所と鬼子母神前停留所の間にある、都営荒川…

おおきな木

大きな木を切り倒すのを見てしまうと、人殺しの現場を見てしまったようで気分が悪い。何十年何百年分を、鉄の刃が1日で切り倒していく。金があればこの土地を買うのにと思うが、金を持つ人はこういうことに金を使わないのだ。雑司ヶ谷のカブトムシの何割か…

すだれの空

何日か手が空くと、描きはじめるまで、時間がかかる。シートを広げ、画材を並べ、いつでも描けると白い紙を前にして、なのにそれから手が動くまでに時間がかかる。久しぶりに見る白い紙はとても怖い。窓にかかる、100円均一で買った、まばらなすだれの隙間か…

慌てる女

先日、鍋屋横丁で用事を済ませ、そこから中野に出ようと歩いていると、大久保通りに出たところの小さな交差点で、若い女に話し掛けられた。すみません、中野駅はどちらでしょう。中野駅はどっちだろう、同じことを考えていたわたしは、交差点の向こうに見え…

みどりの窓口

誘われて赤坂へ、志の輔の独演会を観に行く。演目は「異議なし!」「みどりの窓口」「柳田格之進」。まくらから「異議なし!」「みどりの窓口」では笑わされ、最後に「柳田格之進」で泣かされた。「みどりの窓口」は、みどりの窓口で働く職員と切符を買いに…

宝くじ

駅のホームに立ったとたん電車が来た日、信号待ちのない日、仕事の電話がいくつかあった日。そんな日は駅前を通ると宝くじを買ってみようか、という気になるが買ったためしがない。一生のなかで運不運は均等にならされるとどこかで思っていて、思いがけない…

ボエーズ一箱へ行く

ボエーズというバンドをご存知でしょうか。イラストレーター、古本屋、古道具屋、フリーライターなど、働く女と男、6人からなるバンドです。主な活動は、月に1度のオリジナル曲カバー曲の練習録音、その後の呑み会です。夢はパルテノン神殿での初ライブです…

ただいま食事中

アトリエの冷蔵庫を開けると、秋味、と印刷された缶ビールが2本入っていた。しばらく前、差し入れに貰ったまま、飲まずに忘れていたものだ。1日仕事のゲラを読み、食べものがたくさん出てくる話だからか口寂しくなり、夕方、冷蔵庫を開け、缶ビールの爪にカ…

原っぱ

たいていアトリエに着くのは昼過ぎで、着くとまず台所の窓を開ける。窓の下の小さな原っぱに寝ている猫たちを見る。日によって、天気によって、いない日もあれば、原っぱのあちこちに散らばって寝ている日もある。絵を描いていて手が止まると、窓を開け、原…

ノミヤマだからさ

物心ついたころから、自分の出来ないことが出来る人たちを、羨んでばかりいる。一番はじめは幼稚園のとき。お姫様の絵を描くのが上手だったU子ちゃん。それから順に思い出してみると、女の顔ばかり頭に浮かぶ。女ばかりの学校に通っていた時間が長かったから…

口笛

アトリエにいて夕方になると、たまに口笛が聞こえてくる。毎日でもないがよくあることなので、たぶん近所の誰かなのだと思う。選曲、例えば今日は「七つの子」、からして、若者ではなく、年配の人だと思う。姿はいつも見えないが、なぜか、女ではなく、男に…